萩焼

ノリタケ


萩焼について
萩焼は山口県萩市とその周辺で焼かれる陶器です。萩市以外では長門市や・山口市にも窯元があり、長門市で焼かれる萩焼は深川萩(ふかわはぎ)と言われ、『一楽二萩三唐津(楽は信楽焼・萩は萩焼・唐津は唐津焼)』と言われ古くから茶の湯の世界で高く評価・珍重されています。萩焼は女性的な柔らかで優しい色合いと肌触りの柔らかさと温かさが大きな魅力で、高麗茶碗の味わいを伝えるものとしても知られています。
2002年(平成14年)には経済産業省指定伝統的工芸品の指定を受け、現在に至っています。


萩焼の特徴
1.貫入(かんにゅう)と『萩の七化け』
貫入とは釉薬と生地の焼成時に起こる収縮率の違いから生じるヒビ割れを言います。焼成後急激に冷やすと多く大きく現れ、これを直接貫入と言い、後に生じる貫入を経年貫入と言います。貫入はしばしば焼き物の欠点とされますが、萩焼や薩摩焼ではこの貫入が魅力の一つとされていて、萩焼の貫入は茶人の間では『茶慣れ』と言われ珍重されています。
萩焼に用いられる陶土は防府市の大道(おおど)で採掘され、鉄分を多く含み可塑性に富んでいます。この土に釉薬を施し焼成すると無数の細かい貫入生じます。
『萩の七化け』はこの貫入から水分や茶渋などが少しずつ陶器の内部に浸み込むことにより器の色調が微妙に変化することを言います。使い込むことによって生じるこの変化を茶人は『萩の七化け』と呼び貫入と同じように珍重しました。
2.伝統的な茶碗と切り高台(削り高台)・割高台
萩焼の茶碗には三島手・粉引手・刷毛目・伊羅保などの朝鮮半島の陶器の風合いを持つ高麗茶碗の強い影響があり、切り高台や割り高台などの特徴を持っています。
高台とは茶碗や皿鉢の底の部分にある台となる部分で一般的には糸尻また糸底と言われる部分で、茶碗では鑑賞の際の重要なポイントとなっています。高台には本体とは別に作った粘土紐の輪を後から付けた『付け高台』と本体の粘土を削って作った『削り高台』があり、萩焼の多くの陶器にこの高台部分の一部を切り取ったものがありますが、削り方や削った大きさは様々です。勿論、削りを施していない高台もあります。


萩焼の起源と歴史
1592年(文禄元年)〜1598年(慶長3年)の豊臣秀吉による文禄・慶長の役は、豊臣秀吉をはじめとした各地の大名たちは朝鮮から争って陶工を連れて帰り、陶工から焼き物の技術を導入しました。文禄・慶長の役は別名『やきもの戦争』と言われる所以です。萩焼の歴史は今から400年以上前、『やきもの戦争』で毛利輝元が朝鮮から2人の陶工を連れて帰って来たことに遡ります。
萩にやってきた2人の陶工は李勺光(りしゃっこう)と李敬(りけい)と言う兄弟で、松本村(現在の萩市)に『御用焼物所』としての窯を築き、さらに李勺光は深川(ふかわ 現在の長門市)にも窯を開きました。松本村の窯は弟の李敬が継承し『坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)』と姓を改め現在も『松本萩』として継承されています。
一方、兄の李勺光の系統である山村家は途絶えましたが、深川の萩焼は継承され『深川萩(ふかわはぎ)』と言われています。
初期の萩焼は技法も作風も高麗茶碗などの李朝風なものでしたが、次第に茶の湯や楽焼などの作風の影響を受け現在の萩焼に流れています。松本萩は御用窯であったのに対し、深川萩は自己流的な商品を焼くことを許されていましたので、商品にも庶民的な趣きを感じさせるものがあります。



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